2014年第10回世界デフゴルフ選手権大会

団長からの報告 薄井雅弘団長兼選手

2014年7月に行われた世界デフゴルフアメカ大会には、シニア男子4名女子3名、成人男性6名の参加でした。今大会の選手兼団長として感じたことをお伝えし、今後の世界大会への参考にしていただければと思います。 

1.情報について

出発は、関東チームと関西チームの2組でした。今回は、ホテル等の環境に関する情報が少ない状態だったので、先発の袖山組からのホテルのインターネット環境や気温などの情報がとても役に立ちました。できれば、事前にインターネット環境や部屋割り、ポットやドライヤー、電子レンジは使用できるのか等の宿泊環境がわかれば、準備物にも反映できると思います。 

2. 出国について

まず、出国前に旅行会社からの連絡がなかなか来ず、催促後にやっと(出発4日前)全予定が届くという状態でした。また、空港での手続きの際、機械で手続きする荷物の申請を、旅行会社のスタッフの誤案内により、手続きに時間を要してしまいました。旅行会社の対応にはいろいろ問題を感じました。また、旅行会社から「案内は出国手続きまで」と言われ、その情報も事前に知らされていなかったため、強く依頼し、手話ができる空港職員に搭乗口まで案内してもらうことができました。できれば、安心して出国できる準備を事前にお願いしたいと思いました。 

3. アメリカでの宿泊環境について

 空港からホテルまでは、専用バスで移動しました。部屋はバス・トイレ・キッチン付きの4人部屋でした。7月下旬の○○は、最高気温30度、最低気温11度と、日中夜間の気温差が大きく、ホテルのロビーでは暖炉に火が入っていました。前記したように、先発組からの情報が無ければ、余計な荷物が増えてしまうところでした。 

4. コースについて

 難易度が高く、特にラフやグリーンに大きな違いがありました。 

5.他国との違い

 アメリカでは、18ホール一気にラウンドし、日没までに終了できれば、自由にスタート時間を設定できます。料金も30~50ドル程度と比較的安価にプレーできます。また、今回はサマータイムだったので、空が21:30くらいまで日中と同じくらいの明るさでした。体内時間の調整が難しいといったように感じます。

 また、他国の選手は自分をメインに考えたプレーが見られますが、日本選手は周りに気を配ってプレーしているような感じをうけました。

 国によっては、指導者となるプロゴルファーが1~2名同行していたり、健康管理をするスタッフがついていたりと、支援体制が整っているようでした。やはり、そのような国はいい結果を残しています。海外なので、食事面等の健康管理や、そのコースに合った指導ができるプロが同行することは、とても重要であると痛感しました。 

6. その他

 今回は、カートを使用せずにクラブを担いでのラウンドとなりました。普段カートを使用してラウンドしている選手には、身体的・精神的な影響が大きい様子も見られました。また、私の右足が、ギャラリーのカートに轢かれるという事故もあり、大会長へ問題点として抗議しました。ただの不注意では済まされない事態になるところでした。 

7. 今後

予算や人員などの様々な問題をかかえている中で、日本デフゴルフのレベルを向上させるべく働きや課題が見えた大会になりました。代表選手はもちろん、全国的に支援体制を整える必要があるとも感じました。

今回、団長兼選手として参加し、今後に繋がる経験ができたことをとても幸せに思います。ご支援くださいました日本デフゴルフ協会の皆様、スポンサーの皆様、選手を代表してお礼申し上げます。応援、ありがとうございました。 

世界デフゴルフ選手権大会に参加して 吉田康弘選手

世界大会レポートに先立ちましてこのような素晴らしい大会を作ってくださいました
世界デフゴルフ連盟の皆様、世界デフゴルフ連盟アメリカ支部の皆様、日本デフゴルフ協会の皆様、地元ボランティアの皆様大会関係者及び協賛企業の皆様に厚く御礼申し上げます。
今回の開催地はアメリカ合衆国ミシガン州トラバースシティ グランドトラバースリゾート内のコースです。
開催地のトラバースシティはミシガン湖の畔とあって気候も爽やかで湿気もなく素晴らしい場所でした。チェリーキャピタルと言われるだけあってコース内にもサクランボの木が植えてあり我々の到着前週には収穫祭も有った様です。余談ではありますが私の出身地滋賀県とミシガン州は姉妹都市で琵琶湖には大津から外輪船ミシガンが就航しており彦根市にはミシガン州立大学日本校があります。そんなことから一度は行ってみたい場所でした。
グランドトラバースリゾートは丘陵地に建てられたリゾートホテルでどちらかと言うと会議やコンベンションに使われる施設と言った感じですが2コース36ホールのゴルフ場と練習場が完備され、コースも挑戦意欲を描き立たせる素晴らしいコースで一般男子はベアーコース、レディース、シニアはウルフコースとなりました。
到着翌日の練習ラウンドではリゾートコースと高をくくっておりましたが、アメリカ支部が数多のコースの中から選んだだけあって池も絡み先乗りしていた袖山選手を以ってしても厄介なコース。特にグリーンがポテトチップスと言うより固焼き煎餅?ウエッジで打っても止まらず隠れた傾斜が顔を覗かせ3パット続出、また丘陵地に作ってある為風次第ではブッシュの中、練習ラウンドから胃が痛くなる様なコースで行く末を案じられました。
しかし午後からは大会開催のセレモニー があり、各国の旧知の面々と再会を喜ぶことが出来、ほんの束の間心を和ごますことが出来ました。
アメリカはサマータイムの為夜の10時頃が日本の薄暮の明るさで私も以前一日3ラウンドした覚えがあります。自国の中で時差があり、ゴルフをするものにおいては環境申し分無いこの国を羨ましく思えて仕方がありませんでした。初日に雨に恵まれましたが、あと3日は爽やかな風と共に晴天続き。さぞかし良いゴルフが出来たと思いきや皆様の知りたいスコアや順位においては推して知るべし。 今回のレポートは成績以外の報告と薄井団長に依頼され、気になる方はWDGFのホームページでご覧下さい。ゴルフ以外にも収穫のあるのがこの大会の良いところで毎日違うカップリングに知り合いも増え、最終日にはお互いの健闘を讃えユニフォームの交換や記念写真を撮り次回のデンマークでの再会を約束しておりました。
今回一番驚いたのは大石御大です。英語も判らなければ国際手話も判らないのにあっちこっちから呼ばれ御神酒を頂き恵比寿顔 で本人曰く「長い事来てるからな~」と。
私は途中失聴者ですが今回大会に参加させていただき強く感じた事は 「言語って本当はそんなに大切なものでは無いかもしれない」。
聖書の1行目に「始めに言葉ありき」と書かれてはあるもののお互いを理解する心だけあれば人は繋がれることを実感しました。
こんな素晴らしい大会に是非また参加したいと思います。

世界デフゴルフ選手権大会の壁 大島未来選手

今回、初参加する形となりました。この為にゴルフ場に携わる仕事に転職し、練習の日々を過ごしてきました。ですが、やはり世界の壁は厚かったです。もっともっと練習を重ねていたり高スキルを身につけている方ばかりで、ショックを受けるよりもいい刺激となり、いい経験になりました。
世界の舞台に立ち名前を残せるよう頑張っていきたいと考えている所存であります。
まだまだ未熟な私を応援してくれたり、暖かく見送ってくれた両親をはじめ皆さんに感謝でいっぱいです。ありがとうございました!!

世界デフゴルフ選手権大会に初出場して 大高遼祐選手

初めての世界デフゴルフ選手権に、日本代表として出場しました。
大会を楽しめたのは良かったのですが、要所要所での自分のメンタルの弱さが出てしまい、ベストのプレーが出来ませんでまた。
今大会の悔しさを糧にして次回の大会に向けて練習を積み重ねるとともに自信をつけていきたいと思います。ありがとうございました。

総会の報告 袖山由美国際手話通訳
アーネ会長による総会開催宣言の後に議会のトップバッターとして日本大会での感想や反省点などを述べました。
そして、東日本大震災においても、参加していただけたことで成功に収めることが出来て感謝しておりますと述べました。
大会実行委員長のダレルさんより簡潔な大会スケジュールを述べていただく。
ICSD会長からのメッセージによると、デフリンピックのゴルフ追加競技となるかどうかは今のところ何とも言えない状況とのことです。
何故なら前会長からちゃんと引き継ぎができておらず、資料も何も手元にないということ。(WDGFからは既に要望書を提出済なのだが、再度提出することにする。)
只今デフリンピックはオリンピックとの強いパイプを作りつづあるので、WDGFもIGA(国際ゴルフ協会)との連携を深めて行き、WDGFとICSDとの関係も良くしていきたいとのこと。
WDGFでは世界デフゴルフ人口を増やしていきたい。
新たに監査員を設けることにする。
今のところヨーロッパデフゴルフオープンがあるが、今後はアジアデフゴルフオープンやアメリカデフゴルフ協会等、地域ごとに分かれた大会にしていきたい。

2012-2013年度会計報告、2013-2014予算会計報告。

今回の大会について簡潔に説明。

すべての競技は4時間40分で終わらせること。スロープレーは認められない。
ティーに立った第1競技者の持ち時間は45秒。ボールが落ちてから第2、3競技者の持ち時間は30秒。第2打も同様。
第1ラウンドのスロープレーは大目に見るが、第2ラウンドは予定通りに進めてもらう。そして、スロープレーが目立つ人は罰則となる。 

各国から提案があるのでそれについて議論。
1.今後の世界デフゴルフ選手権大会開催地については国際空港から2時間以内であることで議決。
2.2022年から各地域毎に回していく。例、2020スコットランド→2022イギリスはダメ。 6つの地域毎に分けて回していく事で議決。
3.もし、主催立候補が出なかった場合は、WDGFが国を指定してサポートし、開催することに議決。
4.HCについて。今後はインターネット申請によるHC作成を許可することに議決。
何故なら北欧では4ヶ月しかゴルフすることが出来ない。その場合は必然的にスコアカードが足りなくなるので、その国の負担を考えて許可する。
5.一般男子のHC現状は12.4。次回の大会より10.4にする。シニアも同様。レディースは現状維持。(ノルウェーの選手は15にすべき。国際レベルでハイレベルで競技すべきと意見を述べたが、提案もしていないこととそうなった場合はもともと少ない女性競技人口を更に減らしては団体競技もできなくなるので却下)
最初は9.4と考えたが、参加できる資格の人が減るので少しずつHCを下げていく方針とすることに議決。
6.トロフィーの送料についての支払いは主催国が負担するか、登録料を上げるかはデンマーク大会で議決する。トロフィーについての支払い案は可決。
6.新しい部門のスーパーシニアについては可決。スーパーシニアの資格は65歳以上。競技うえではシニア部門で競うが、結果は年齢別で表彰する。つまり、65歳以上の競技者はうまくいけば2冠することができる。
7.新しい部門のジュニアについても可決。23歳以下が資格となる。今回はメンズの中で23歳以下の選手は16人いるので可能。競技方法はスーパーシニア同様に、メンズ部門で競技するが、結果は年齢別に振り分けていく。つまり、23歳以下の競技者はうまくいけば2冠することができる。大会期間中(金曜日までに)に24歳誕生日を迎えた場合はジュニアの資格無しとする。

2018年主催地立候補はアイルランドのみなので可決。
ゴルフ場は300年前からあるという名門コース。
ホテルは4.5星で高級。予定では1、275ポンド。

次回開催地のデンマークのプレゼン。
開催期間 2016年7月22日から30日
開催地  コンペハーゲン、ロイヤル・ゴルフ・クラブ
ホテル  クラウン プラザ コンペハーゲン タワーズ
参加費: 選手は750ユーロ 
     応援者は325ユーロ
ホテルパック: 7泊8日の朝食、夕食込み
       ダブルルーム 一人あたり 750ユーロ
       シングルルーム 一人あたり 1250ユーロ
       延1泊 ダルブルーム 一人あたり150ユーロ
ツアーパック: 1日観光カード 35ドル
        2日観光カード 75ドル
ツアー内容 デンマークろう者によるガイドでコンペハーゲン内の70アトラクション、交通などが無料でそのカードを使って観光するシステム。
ホテルからすぐ街へ行けるそうで、退屈はしないと思います。
既に12のスポンサーを得ています。
詳しい情報はwww.wdgc2016.com で確認できます。

飛翔 吉田康弘選手

世界デフゴルフ連盟のアメリカ大会を無事終えて帰国できたことを大変嬉しく思います。
改めて世界大会の意味を考えて見ますと、世界大会に参加するということはただ単にゴルフが好きだと言う事だけでなく見知らぬ土地への訪問や文化の見聞 、各国の選手との交流など様々な刺激を受ける機会に恵まれます。特に日本以外の国々はトーナメントと言うよりもお祭りと捉えている傾向が強く選手役員揃って大はしゃぎします。これだけでも一見の価値があり、その中に入るとこんな素晴らしい大会にもう一度参加したいと思う様になります。
ですから皆さんももし行く機会に恵まれたのならば参加して是非ご自身の経験にしていただきたいと思う次第です。
でも参加するにあたって国際手話の必要性を問う人がいますが、我々には袖山女史という強い味方がいます。袖山さんは日本代表の袖山選手の奥方で手話バイリンガルでいらっしゃいます。
今回も会議の通訳や選手間の交流のお手伝い、果ては食事のメニューのサポートまできめ細かい補助をして下さいました。彼女なくしては楽しさも半減していたことでしょう。
彼女に世界大会へのきっかけを聞いて見たところアメリカに留学経験があり、たまたま友人の紹介で通訳をすることになったことによってゴルフをする機会と主人を得たと聞き爆笑しました。
代表選手としてはトップクラスの袖山選手ですがキッチリと奥方に管理されておられました。
どこのご家庭でも一緒ですね。
私自身国際手話もわかりませんし日本手話もたどたどしいですが何と無くこんな事を言ってるのだろうな~と理解できる事があります。
彼女曰くそれが秘訣でお互いを理解する気持ちが大切だと笑顔で答えてくれました。
一番の通訳は笑顔なんだと彼女を見て思いました。
それぞれの課題が見つかり今後も皆でがんばって行こうと思っていますので皆さんも是非我々と共にチャレンジしましょう。

前のページへ戻る